【ユーゴスラビア】「石の花」(著:坂口尚)の感想

Ishinohana

 

めうにんげん

世界人類が平和でありますように。

こんにちは めうにんげんです。

 

第二次世界大戦中のユーゴスラビアを舞台にした傑作、

坂口尚先生の「石の花」を読み終えたのでここに感想を記します。

 

石の花のあらすじ

 

1941年

ここはユーゴスラビアのスロヴェニア、ダーナス村

 

クリロフィーの平和な暮らしは、ドイツ軍の突然の侵攻によって一転する。

 

クリロはパルチザンに身を投じ、ドイツとの戦いを始める。

一方フィーは強制収容所で奴隷労働をさせられ、極限の中で人間性の危機と戦うのだった。

 

ユーゴスラビアについて

南スラブ人の連合国家であるユーゴスラビアは複雑だが、

この作品ではセルビア人クロアチア人の違いを理解していれば概ね問題ありません。

 

セルビア人

ユーゴスラビアの主導権を握る民族。

ドイツ軍の侵攻でユーゴスラビア王国が崩壊した後はドイツ人やクロアチア人から激しい収奪を受けた。

 

クロアチア人

セルビア人の次に多数を占める民族。

セルビア人主導のユーゴスラビア王国に不満を持っていた。

 

戦争中はナチスによってユーゴスラビアの支配をゆだねられ、クロアチア独立国を作り、

ウスタシ(クロアチア人のファシズム団体)がセルビア人を虐殺していた。

 

余談

クロアチア独立国はナチスと一蓮托生だったので

クロアチアは実質的に敗戦国のようだが

チトーは戦後もユーゴスラビア国家を続けるためにクロアチア人を断罪することを好まなかった。

それどころか、クロアチアは戦前のイタリア領を併合するなど利益を得ることに成功している。

 

1990年代のユーゴスラビア紛争でもセルビアと対立するがうまいこと立ち回ってセルビアを悪にしたて勝利。

(ユーゴスラビア紛争ではセルビア人の悪行が目立つので擁護はできない)

 

ちなみにセルビア語とクロアチア語はほとんど同じ。

(セルビア人とクロアチア人の対立から別の言語として扱われている。これはボスニア語やモンテネグロ語も同じ)

では何が違うのかと言うと、

セルビア人とクロアチア人は宗教が異なる。

(セルビア→ギリシャ正教 クロアチア→カトリック)

 

スロヴェニア人

ユーゴスラビアの北に位置する。

セルビアやクロアチアに比べると存在感がない。

ほとんど語られないが主人公のクリロやフィーはスロヴェニア人。

 

ユーゴスラビアには他にも

・ムスリム人(ボシュニャク人)

・モンテネグロ人

・マケドニア人

・アルバニア人

なども暮らしている。

(「石の花」作中ではあまり出番がないので省略)

 

ユダヤ人

ユダヤ教を信じる人々。

ユーゴスラビアにも多くのユダヤ人が住んでいた。

ナチスはユダヤ人を虐殺しており、ユーゴスラビアに住むユダヤ人も例外ではなかった。

 

 

用語

ユーゴスラビア王国

セルビア人の国王を中心とした国家。

1941年ドイツ軍の侵略によって崩壊し、国王らはロンドンに亡命した。

戦後も王制が再開されることは無かった。

 

クロアチア独立国

クロアチア人の国家。

ユーゴスラビアの領土を周辺国が好き勝手分割した残りのうちの多く(クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナ)を与えられて成立した。

 

独立国とは言っても沿岸部はイタリアの支配下で、そのことを揶揄する発言が作中に見られる。

 

ウスタシ(ウスタシャ)

クロアチア人のファシスト団体。

セルビア人やユダヤ人を強制収容所に押し込んでいた。

 

チェトニク

セルビア人の抵抗組織でユーゴスラビア王国の存続を目指している。

最初はドイツ軍に抵抗していたが次第にパルチザン、またはウスタシャを主敵にするようになる。

 

彼らはパルチザンと違いドイツと戦うことを避けた。

とはいえ、ドイツの報復はすさまじく(ドイツ人の死者1人に対しセルビア人を100人殺害。ターゲットは家庭からランダムにピックアップ)それが必ずしも臆病や日和見と言い切れるわけでもない。

 

パルチザン

ティトー率いる共産主義系の民族混淆の抵抗団体。

ドイツ軍からのユーゴスラビアの解放、そして共産主義国家の樹立(王政の否定)を目指す。

 

彼らがヨーロッパで唯一自力でドイツ軍から自国を解放した。(他のヨーロッパ諸国は米英軍・ソ連軍が来るまでドイツ軍の支配におかれていた)

 

ドイツ

中立条約を破ってユーゴスラビアに侵攻する。

優秀なゲルマン民族が劣ったセルビア人やユダヤ人を淘汰することで、人類の改良をすることが目的。

なお、クロアチア人はゲルマン民族の一派とみなしている。

(クロアチア人は通常はスラブ民族の一派と言われる)

 

 

登場人物

Wikipediaを見てどうぞ。(丸投げ)

 

ちなみに僕の好きなキャラはミントだ。

風来坊なのにイケメン過ぎる。

 

Wikiになかった実在人物の紹介をちょっとだけ↓

 

 

ティトー

パルチザンのリーダー。

 

民族バラバラのユーゴスラビアでパルチザンを組織し、

ドイツ軍を追い払い、

戦後も無理のない社会主義国家を建設し、

非同盟国として資本主義・社会主義の間で立ち回る外交を繰り広げ、

ユーゴスラビアを維持した人物。

軍事も内政も最強レベルの才能を持つ。カリスマ。

 

ちなみにクロアチア出身。しかしセルビア人が作ったユーゴスラビアを率いたので、現在ではセルビア人に人気があるらしい。

 

 

ヒトラー

劣等種族を駆逐し優秀なドイツ人が世界を支配することを目指す。

この作品では「概念」のように出てくる。

 

石の花の凄いところ

 

natural(ナチュラル)

石の花はとにかく淡々と、戦争のnatural(ナチュラル)を描いた漫画なのだ。

neutral(ニュートラル)と言ってもいいんですけど、neutralになったのは結果(現象)であって最初からneutralを目指して描いたわけではない。

 

連載当時はまだソ連があった。そんな中共産主義という話題は今以上に繊細だったことでしょう。

主人公はパルチザンの一員なので、石の花では基本的に共産主義は主人公側の思想なんですよ。

それで共産主義者もいっぱい出てきて、彼らは不平等な社会はおかしいと現実の共産主義者と同じ主張を言う。

醜い資本家も出てくる。

 

とはいえこの漫画は決して共産主義賛美の物語ではない。

共産主義に文句を言う人も多数出ている。

この赤い星の帽子を被っているのも今だけだとか、私有財産を廃止することを不安がる住民、ソ連の意向を気にする共産党員への不満、共産党員の教条主義的な思考などなどなど

 

パルチザンを賛美してチュトニクを臆病者・裏切り者という表現をするわけでもない。

 

そして、これらはバランス取りのために配置されているわけでなく、

本当にnatural(ナチュラル)に物語に配置されているんですね。

 

宗教についてもそうだ。

作中で神を肯定する者が多数いる中、否定する者も出てくる。

 

 

あとは読者が考え、感じればいい。

ということですね。

 

本当に魅力的な考え方は強いなくても浸透する。

むしろ無理強いをさせている時点でその思想は終わっている。

 

 

これだけ政治思想や宗教のような話題を多く出してこれほどのバランスを保つとは。

石の花はこの点について手塚治虫先生の「アドルフに告ぐ」を超えている。

‟バランス”を取らず、naturalを描くという点で。

 

 

それに共産主義の思想だけが語られるのではなく、

敵側であるのナチズムの主張も度々マイスナー大佐らが語っています。

 

弱い人類は管理する必要がある!

ってね。

(皮肉にも作中で共産主義者が「愚かな大衆は管理せねば~」って言う場面があり、

二つの思想の類似が垣間見える)

 

 

まあおおむねドイツは圧政者としての‟役割”ではありますが。

人はそれぞれ正義があって争い合うのは仕方ないのかもしれない。だけどドイツ軍の‟正義”(劣等人種は支配してOK)を現代日本人が納得するのは難しく、仕方ないだろう。ドイツ人にも人間性を感じさせる場面は何度も出てくる。

 

 

ローカライズもうまいですね。

兵隊は将棋の駒、八百万の神みたいな発言がたまに出るんですけど、違和感がない!

 

 

取材

あと冒頭で出てくるポストイナ鍾乳洞とかも実物とそっくりだという話でした。

ならばいずれ行きますか。

 

言語もドイツ語やスロベニア語やセルビア語が度々出てくることで、臨場感や雰囲気をより濃密に伝えてくれる。

 

細かい時代考証

実質的に枢軸国についているのに援助を受けるチェトニク

ナチスのキリスト教嫌い

この辺りの事情も石の花を読めばバッチリ!

 

好きなセリフ

・母さん、おれ、人を殺しちゃったよぉーーー(クリロ)

 

・見えない、何も見えないわ

これでいいのよ、何も見たくない!!(フィー)

 

・あいつらは自分を見せるのではなく嘘をついている(フィーが強制収容所で出会った女性)

 

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