発達障害(ADHD)大学生(2浪・4年生)の僕、大学を中退する模様

人は何もかも手に入れられない

 

※まだ中退は確定していません(2018年 10月20日)

非常残酷人間

「皆様、ご無沙汰しております。2浪文系大学生(4年生)の非常残酷人間と申します。」

この記事を1行で

メンタルがやられてしまい、大学を中退する(かも)

メンタルについて1行で

1分1秒をしっかりと苦痛として認識させられるような感覚で非常に苦しい。(5億年ボタンならぬ1年半ボタン)

参考

5億年ボタンニコニコ大百科(仮)

現状

・大学4年生

・留年決定

・残り単位44

・今期16単位履修

 

僕が大学中退をしたい理由

講義がつまらない・わからない(難しい)・(それに時間を取られるのが)苦痛の三重苦

非常残酷人間

「根本原因。いわゆる学業不振ですね。」

それでもまあ頑張れば卒業はおそらくできそうだろう。

ただ……

 

これ以上、このつまらない講義と学問のことを頭に浮かべて鬱屈としながら人生の貴重な若い1年、1年半を過ごしたくない。しかも、これから過ごさなければならないと考えると気がさらに滅入るわけですよ。

貴重な1年ってニートのごとく浪人生活を怠惰に貪った僕がいうないう話ですけど。まあ、過去は過去。未来は未来なので。

 

就職活動

残り単位数が多く、就活していると卒業に支障が出てしまうだろう。

じゃあ来年度卒業に専念して就活は諦めてもいいのだが、それまで僕のメンタルがもたなさそう。卒業できるかもわからないし、できても既卒で卒業することになるだろう。それか2浪2留で就活するかだが…これは嫌だ…嫌だ…。

理想は来年度就活も卒業も両立させることなのだが……。

まあ確かなのはどちらにせよ、僕の人生は新卒のプラチナチケットとやらにあずかることはできなさそうだ。

早く社会人になりたい(もう学生は嫌だ)

早く社会に出て、同期に追いつき追い越したい。20代のうちに社会でキャリアを積み重ねたい。

もう大学(学生)は十分堪能したよ。もう満足だ。

この焦燥感も辞めたさを加速させる。

大学ぼっち

これらでストレスマッハなのに、今の僕はかなりの不運が重なり全然人間関係が構築できておらず、話す相手もいない。大学ぼっちにより、ストレス・鬱を解消できない。ただ、かつてはぼっちがむしろ快適だった。4年前期でも特に気にならなかった。ぼっちが問題というより、これらの状況でどん底の自分のメンタルを更に悪化を加速させている感じだ。

これらの原因で精神に不調をきたす

はい。これが一番の理由ですね。一番最後にしたが。

非常残酷人間

「今まであげた原因が積み重なり、今の僕は鬱か躁鬱か抑うつもしれない(近日中精神科にかかります)、と思っている。」

 

 

数時間おきに、終わりがない袋小路に自分がパンパンに閉じ込めらているような息苦しさを感じ、とにかく心がすり減る。昨日は何も食べていない。今日は納豆ご飯を食べただけだ。そしてこのまま寝る。筋トレからも遠のいた。

僕のツイッターアカウントで最近は何度も連続でメンヘラのごとくツイートを続けてしまった。申し訳ない。構ってくれた方は心から感謝している。

あと5chにもスレを何度か乱立した。詳しくは2浪1留とか中退とかでログ速でググってみてください。5chで心優しい人に親身に構ってもらうと一時的に心は満たされるのだけど、すぐに闇が覆ってくる。あかんのですわ。

闇ってなんやねんと思われる方もいるだろう。具体的に言えば、大学の専門の講義名とかサイトでついつい眺めているともうどれも取れる気がしなくて泣きたくなるわけですよ。

僕が大学中退を厭わない理由

大学中退は人生中退ではない。

非常残酷人間

「大学中退は人生中退みたいなものだ。そう思っていた時期が僕にもありました。」

 

 

しかし中退について調べまくってた結果、中退でも幸せそうにキャリアを積み重ねている人なんてザラにいるんですよ。中退しようが、余裕でキャリアは積み重ねられるんですよ。後述するが、僕はIT関係企業に就職しようと思っている。そこには、才能プラス努力で勝負でしょう?といった空間が広がっている。僕は有能だし、努力をする。負けるはずがない。

 

なんというか。例えるなら箱根駅伝で途中危険をするみたいなものなのですよ。僕は箱根駅伝が好きで毎年見ているのですがわかりづらいたとえだったら申し訳ありません。箱根駅伝で途中棄権をした選手は、想像を絶するショックに覆われるだろう。年に一度の大舞台。俺は箱根駅伝を走るためにこの陸上部に入り、頑張ってきた。なのに、完走できなかった。テレビ中継や沿道など衆人環視の中で。そのショックは計り知れない。大学中退は、箱根駅伝リタイアに似ている。

しかし私は何を嬉々としてペラペラと語ってるんですかね。もちろん、無論私もショックだ。人生で初めて本格的にあじわったあまりにも深く重い挫折だ。大学中退は。ショックだったが、こうしてまとめていると実のところそこまで問題がないということが見えてきて、あまりショックに感じなくなってしまった。おそらく箱根駅伝もそうだろう。棄権経験者は今でも引きずってはいないでしょうよ。多分だが。

学士はいずれ取得できる

放送大学という、通信制大学教育を行うサービスがあるのですが、そこでもれきとした学位は取れます。放送大学は3年次編入を行っているので、2年で一応卒業できます。まあ卒業は結構難しいらしいので3年になる可能性はありますが。

最終学歴は放送大学卒になりますが…。何の問題ですか?編入学なら履歴書にはきちんと今までの大学も書くことはできるし、3年次編入では62単位認定されるらしいので半分は今の大学を卒業したようなものである。うん。面接まで進み履歴書を見てくれればわかる。この問題は後述。

 

ちなみにこの記事を参考に放送大学への編入を思い立ちました。

放送大学のここがすごい!(別記事に移る)

書いていたら長くなったので別記事で記します。

 

 

つまり・・・

(学士……?それがどうしたの?と言った感じで)笑っちゃうんすよね。

 

などの理由から僕は攻めの大学中退を行おうとしている。

休学をするべきではないのか

母や友人、ツイッターなどでも休学を推奨されたが、個人的にはないと思っている。

すみませんやっぱり休学します。以下は参考程度に。

 

2浪

僕は2浪して大学に4年も通っている。僕には僕のペースがあるが、これ以上社会に出るのを引き延ばすのではなく、早く働いてキャリアを作りたい…。

今更ながら2浪という名のニートをしてしまったのは後悔している。

2浪2留になってでも学士を求めるよりは、一刻も早く卒業して社会に出てキャリアを積みたい。というか、メンタルがもたない。根本原因が解決してないからだ↓

 

根本原因が解決しない

大学の講義がつまらない、わからない、苦痛 が原因で苦しんでいるのに、休学して実家に帰って一次的にメンタルが回復しても、先延ばしにしているだけで問題は何も解決しないのである。

単位を取るか、中退するか。

そして引き延ばせば引き延ばすだけ僕の心はすり減る。耐えられない。

 

辞めるしかない。(はあそれにしても当たり前のようにちゃんと大学を卒業している世間一般のヒトタチって本当にすごいなあ・・・)

……が、懸念もある(↓で)。

大学中退の心残り

肩書き

ずっと大学中退(からの、放送大学編入・卒業)を肩書きとして持っていくことについて。もちろん選べるなら「卒業」を名乗りたかった。

ただ、中退の方が発達障害・ADHDな僕らしくていいかもしれない。冒頭にも書いたが、人は全てを手に入れられない。

 

負い目、引け目、悲しさ、悔しさ

周囲、とりわけ顔を知る同期ほとんど誰もが当たり前にできている「卒業」という行為すら満足にできないことは、遺憾(残念)だと思わないわけではない。

同期も「ぼっちが大学辞めてたンゴww」「草ww」「ああはなりたくないンゴ」とか思ってるだろうよ。まあ別構わないのですが。私は必ず見返してやる。大学を卒業するか中退するかなんて、恐ろしいほどに差がないことを証明する。

 

よそはよそ、うちはうちだと思い込み、割り切っても、卒業ができない自分は残念すぎる。

 

自分の気持ち

非常残酷人間

「大学卒業は僕のこども時代の総決算なのだよ。」

つまりどういうことかと説明します。僕は父親に促されるままにお受験をしました。父親は僕のことをずっと暴力を伴う虐待を続けてきた人物でした。そんな小学生時代を過ごした果てに何で中学受験をしたのかと言えば、いい大学に入るためです。いい大学に何で入るの?いい企業に就職して、人生を豊かにするためでしょう。

 

が、僕は最後の最後の大詰めでそこを切断し、ドロップアウトしようとしています。

 

つまり大学をドロップアウトするのは、僕の2浪+大学の4年間を無駄にする・フイにする・損切りするだけではなく、ひいては今までの経歴の否定にまで繋がると言えます。

 

まぁそのためだけに生きてきた訳じゃないので、別に・・・って感じでうけど。

 

ただ、この「こども時代の総決算」という発想だとどうも大学中退はなんか引っかかってしまう。

母に中退を考えていると相談したところ、母は気にしないようなことを言っていたが、実のところは卒業して欲しいのだろうなと思う。というか、ラインでどこかの大学は卒業しましょうと言われた。

 

申し訳なさは強い。学費も負担してもらったのに。

早く就職した家にお金を入れるのと、前述した放送大学に転学することで学士の資格は取ろうと私は思った。

 

正しい判断ができているのか問題

僕のこの中退の決断は、果たしいて正常な判断のもと行われているのか?

精神病の時には、正常な判断を下すのが難しく、するべきではないと言われている。

 

僕の判断は……?

後悔は無いか……?

 

学歴フィルター

就活サイトにとりあえず登録してみて思ったことは、自分が「高卒」扱いで就活をしなければならない、ということ。更に、放送大学が「その他の学校」扱いでかなり不安を覚えた。

僕がもし放送大学で学士を取得して就活に望んでも、いわゆる学歴フィルターの壁に阻まれ、思うような就活はできないかもしれない。

 

今まで全く気にもかけていなかった日本の学歴社会を、生まれて初めてまじまじと見せつけられた格好である。

 

以上のような懸念もあり、できることなら卒業はしたいです・・・が・・・

それでも、鬱は辛い。続けられない・・・(;_;)

 

雑感

僕は大学中退を経て、人生について真剣に考えられるようになった。考えすぎてメンタルを壊してしまったが。まあそれでもいい。

俗な例えでいけば、今まで30歳フリーターとか聞いてもなんとも思わなかった。むしろフリーターやりたい!!とか思っていたんだが、そのような思いは一切消えてしまっていた。

今期

(追記:この記事を書いている途中で、休学することを割と決意いたしました。以下は参考程度に)

 

ただ……とりあえずは後期が終わるまでは在籍しようと思う。後期で2単位でも落としたらもう辞めようかと。いや4落としたらにするか。それまでメンタルが持つかはわからないケド。

 

来年度在籍しても、今だにとっていない必修とか残っているんですよね。1年生に混じってそれを取りに行くのも気乗りしなくはないが、リスクは高い。2浪2留になっては目も当てられない。中退は基本路線だ。

 

今期は簿記やプログラミングなど自分の勉強を中心に行い、あまり 試験前などを除き大学講義のことは考えず、時間を使わず過ごそうと思いました。

 

僕は毎講義勉強して見直しして……と、全ての教科書をリュックに入れて通ったりして、精神を痛める一方何もできないような日々を過ごしていました。

 

中退すると考えると気分は上向く。講義のことを考えると気分は沈む。

 

もし今季全部取れたら再考しますが、基本は辞めて元々。というスタンスで臨んでいきます。

 

(追記:この記事を書いている途中で、休学することを割と決意いたしました。)

今後

非常残酷人間

「プログラミングを始めます。ITエンジニアになりたい!!」

この項目については書きかけの項目なので後ほど海底します。

 

私はこのサイトはレンタルサーバーを借り、独自ドメインを取得し、ワードプレスをインストールして作った。だからなんやねんと思うかもしれませんが、これははてなやライブドアのような既存のブログサービスを利用するより敷居が高い。まぁ全然難しくはないんですけど。とにかく、このようにインターネットが、ITが私は好きなのだ。

 

じゃあアフィリエイターになる?って話ですが。実は、というか、やはり、私は文章を書くのが苦手なのだ。ここまで僕の長文を読んでくださった方がいたら、それは十分堪能されたことだろう。

 

現代文がずっと苦手だし勉強をしたこともなかった。というか文章を書くこと自体別に好きでもなんでもないわ。

1浪の時受けた某ナントカ義塾で、僕の渾身の小論文は赤点採点されたような思い出がある。(以下自分語り)というか、全然本気で試験受けてなかったな…あの頃のわい何考えてたんだろう…受かる気しないし実際本気でやっても落ちたんだろうけどさぁ…いやワセダならガチレバ受かったような気がするんだよなあ。当時は強迫性障害に悩まされて、試験中であれ思考が邪魔され集中できない!気になり出したらその元を突き止めないととまらない!そんなことをやっていたのでは、試験時間も大浪費して集中の波に乗れるわけがない。一人だけ重りをかクェて受験してたようなものだ。 強迫性障害には20歳まで悩まされた。あれがなければ1浪で早慶には受かっていただろう。はあぁ。あっ…なんか当時のこととか思い出してたらちょっと来るな。もうあの頃には戻れないんだなあって思うと。ワセダを受けに行く日は寒かったなあ。迷って駅から結構歩いたなあ。はあーーー……あ。とに買う僕は、自分の人生を何だと思ってるんやろなあ…危機感とは無縁の人生だった。tai

今まで。

 

ちょっと更に話を脱線するぞ。僕は上の方で大学中退は最大の挫折と書いたが、その通りなんだよな。これまでマイペースにきゃっきゃと人生の歩みを進めてきた僕だが、社会はまってはくれやしない。危機感がまるでなかった。僕はここ数年は将来のことを俯瞰して感gせるよう一応は務めてはいたが、本当に「人生に真剣になった」のは、大学中退を考えてからだった。

閑話休題。とにかく僕はプロブロガやらフリーランスライターのように、自分の文章で食べていくにはなれないというわけですよ。というか向いてないだろうよと。

そこで僕は考えた。どんな仕事で食べていきたい?

一時期は「マーケットの小銭広い」も考えたが辞めた。

なんていうか…

なにより、人に役立つ仕事をしたい!ゴリゴリと!って感じなんですよね。最近わかったのだが、人生、仕事がつきものなんだなって!!完全な自由なニートな生活を私もいつか夢見てましたが、その味気ないこと!それを30代40代50代まで続けることを考えるとゾッとしちゃいます。

……最終的に出会ったのがプログラミングだった。とりあえず勉強してどこかの企業に就職し、実務を積んで学んで行きます。あと基本情報の勉強もします。

プログラミングですが、多分大丈夫だと思います。私は優秀なので。

そしていつかこんな感じになりたい!!

参考

23歳、早稲田中退生が3ヶ月でフリーランスエンジニアになるまで侍エンジニア塾

そして将来的には独立し、フリーのエンジニアなり私はよつばとのとーちゃんのごとく生活をするのだ。

とりあえず今の僕は中退のウキウキ感と、強い挫折感と、その後の未来のわくわく輝く感とで、基本的には中退のことを考えると心が弾む。

 

信じてる 未来はバラ色

明日も さあ がんばろう!!

 

Happy Happy

 

 

ということですね。

 

もしくは、「カイジ」で、カイジが、

 

「古畑 やり直そうな・・・この船を降りて俺もおめえらもやり直そう・・・!なんていうか、もっと価値のある人生を歩もう・・・!」

 

みたいなことをいうシーンがあるんですよ。

 

それの引用なのだが。僕も大学を辞めてやり直したい。もっと価値のある人生を歩みたい。

ということだ。

辞めるという後ろ向きの行為を行って前に進むというのは変かもしれないが。まぁいいか。

 

 

非常残酷人間

「ではここで一句」

 

なんにせよ、

俺の人生

これからさ。

 

 

関連リンク

参考

ふっかつのじゅもんふっかつのじゅもん

 

参考

精神疾患&大学中退を飛び越えた既卒男子Vol.1|その名はミスターMウズキャリ

 

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