麻雀は運ゲー?スポーツ(実力ゲー)?オリンピック競技を目指す麻雀について拙僧が適当に語る記事

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非常残酷人間

「皆様、ご無沙汰しております。24歳、学生休学中に天鳳を鬼打ちしている非常残酷にんげんと申します。」

この記事は麻雀と将棋が好きな僕が時に将棋と比べたりしながら麻雀につき、

「実力ゲーなのか運ゲーなのか」と、

「オリンピック競技になれるのか」

という視点を持ちながら、

麻雀の様々な点について思いつくままに大味でかたる記事。

 

※この記事は書きかけの記事です!とりあえず主張を並び立てたんだが記事、全体的に構成がわけわからなくなってしまった。あとで治します。

はじめに

最近Mリーグを見ている。プロ同士の高レベルな闘牌に麻雀好きな僕はすっかり観る麻として魅了されていた。Abemaは麻雀はスポーツとして、オリンピック競技を目指すという。目標は高すぎるだろうよと思うがいいかもしれない。国会にも麻雀議連ができた。麻雀はスポーツという流れがある。

 

そこで僕は「ほんとぉ?」とばかり自分の考えをつらつら書き出した結果、

私は麻雀が好きだが、

気がつくと結構麻雀に対し厳しめの論調になってしまった。麻雀はスポーツだ派の方、すみません。

 

まずは手始めに私の将棋と麻雀の実力について語る。

将棋

将棋ウォーズ二段。

詳しくは将棋と麻雀について適当に比較する以下の記事で話しましょう。

mahjong shogi
【神ゲー】将棋の素晴らしさを、麻雀と将棋を比較しつつ論述する

麻雀

この記事を書いている時点(2019 0209)では天鳳四段…いわゆる豆特(クソザコ特上民のこと)

しかし。

この通り私は天鳳6段を目指しているので。いずれお目にかけましょう。

天鳳6段を目指し始めた経緯についてはまた別の記事で語ります。

ちなみに10年くらい前も天鳳をやっていて、その時は何段まで行ったかは忘れましたが特上卓にはいっていたと思います。まあ記憶があいまいなので実は上級卓だったかもしれない。

 

麻雀の戦術に関する知識

非常残酷人間

「私には科学する麻雀以上の知識は…ない… 」

その科学する麻雀にしても、細かい知識も覚えて…ない…(タンヤオチートイは手変わりが少ないから聴牌したら即リーチしろくらいは覚えている)

 

あとは感覚ですね。

例えば、「ピンフのみ聴牌したら親リーにおっかけリーチかけていいか」問題がありますよね。これについても私はどっちが正解か知らん。

しかし、私は追っかけるようにしている。なぜなら?体感的だ。体感的に追っかけてよさそうなので、追っかける。(天鳳ならオリもあり?)

 

 

非常残酷人間

私の感覚では、リーチピンフはポーカーで言えばツーペアみたいなもので、十分な勝負手。適度に突っ張っていい。と思うからだ。

私の麻雀は「体感」なのだ。

 

 

非常残酷人間

「ピンフに対する認識、ツーペアに対する認識、双方がめちゃくちゃなら申し訳ありません。」

 

将棋について語る

非常残酷人間

「ひとまず将棋について語る。これもう何の記事かわかんねえな。まあ最終的に「麻雀は運ゲーかスポーツか」という結論へと導出していくのでお許しください。では将棋について。」

と思ったが、長くなりすぎるのでこのパートは別記事に飛ばします。

mahjong shogi
【神ゲー】将棋の素晴らしさを、麻雀と将棋を比較しつつ論述する

この記事を見てください。一切の遠慮なく麻雀を将棋と比べました。

 

麻雀と将棋

これも省略。

麻雀とオカルト

非常残酷人間

「僕は理不尽な謎理論が嫌いだ。具体的に言えば、麻雀のオカルト、アナログ。大嫌いだ。」

しかし。麻雀にはこのオカルトが幅を利かせすぎている。

 

オカルトって何やねんという話ですが。これはオカルトの対義語のデジタルを定義すれば容易だ。では麻雀のデジタルとは?

デジタルというのは麻雀を確率のゲームとして捉えること。

「それでいいじゃねえか」「当たり前では?」などと思われるかもしれない。それでいい。だが世の中には…

 

@むこうぶち

及川爺「なんだこいつは?麻雀を確率のゲームとしてしか捉えておらんな(憤怒)」みたいなシーンがありまして。いや麻雀じゃあ他に何があるんだよと熱いツッコミを入れたい。まあこのシーンはこの後で及川爺がその「確率くん」の良さに気づいて行くからいいんですけど…。

さらに困ったことに、オンライン麻雀「天鳳」でもオカルトはある。牌操作、地獄モード、天国モードとか、ギャンブル中毒特有のオカルトめいた言説が見られる。パチンコかな。麻雀は本質的にギャンブル((射幸心を煽られる)運ゲー)なのだ。だからだろうよ。

 

こういう言説・思想がはびこってしまうのは、

麻雀は「神の領域」(ようするに運要素)が強く、将棋・囲碁のような純粋に技術を競うゲームと程遠い傍証の一つだろうよ。

私はオカルトがはびこるのは運ゲーだと思う。平安時代の政治とかいう運ゲーにおいても物の怪(笑)方違え(笑)などのオカルトが蔓延していた。

麻雀と「流れ」論

麻雀のオカルトのうち最たるものの「流れ」論について語っていきます。

 

将棋は時代は違えど合理的に勝利を目指す道を手探りながら探って行き定石となっていく、この合理性は一貫しているのですが、麻雀は昭和どころか平成も終わる現在に至っても「流れ」論を放逐できていない。

「流れ」なんてありえないんですよ。意味不明!

 

そしてこれを大真面目に異口同音で言っていた(昭和の)麻雀界!

 

やばい!

おそろしい!

 

 

昔の麻雀本を読むと本当に酷くて。「ミエミエの七対子はツイてないやつの現物で待て」とか。正気か?と思うような謎の理屈がしょっちゅう出てくる。

しかもプロの人たちまでそんなことを言っていた!

 

日本麻雀連盟!

 

連盟サイトの何切る問題のプロの回答を見ると、いまだに「流れが〜」「 無意味なダマ」「手役への熱いこだわり」と回答している人たちがいて、僕とは価値観は違うのですが、それはそれでいいです。一度彼らと打ってみたいと思います。

 

一応デジタルを標榜する麻雀マンガ「打姫オバカミーコ」においてもそうだ。とにかくリーチに対してシャンテンから気合いで押しまくる漫画だ、あれは。いいエピソードも多いんですけど。

閑話休題。

 

「流れ」はオカルト極まる冷静に考えてありえない理屈だ。将棋界で「前の対局で勝ったから模様が良くなる!」とか言い出したら笑いの種だと思う。

しかし麻雀界ではそうではない!

 

福本伸行は何度も何度も「理に頼るのは負け犬」という主張を繰り返しているし、むこうぶちでは「鳴きは面前で流れを掴むためなんだ!」とかいう謎理論や、曲解されたデジタルが「効率打法」として登場したりする。

 

麻雀界にやっと合理的に考える流れができたのはここ10年くらいで、それまでは「流れ」と経験と勘で打つしかなかったとんでもない歴史があるんですよ。

麻雀の戦術面での実質的な歴史は浅い。

それも、将棋界と違ってもう「科学する麻雀」一発でだいたいかたがついてしまい、終わってしまったような…。

 

それにしても昭和の麻雀はひどい!「絞り」ってwそれ字牌を1枚永遠に止めたら重ねるかそれの単騎しか上がれないんだがw 「親の連荘は上家の責任ですぞ(ソース:「むこうぶち」)」←?「オーラスの配牌で逆転の手が入るかゴミ手入るか そんなのは運だとか偶然とかいうやつがいるがそんな奴は時間の無駄だから麻雀やめた方がいい(ソース:「天」)」←?????

 

麻雀の運と技術の比率について

非常残酷人間

「7:3くらいじゃないですか? 」

 

ただ、これは辺張よりカンチャンだとかの、基本的なところから含みます。

つまり、

そこから牌効率、押し引き、待ち読み、ポーカーばりに表情や動作から読み取る、その他(一例:「長考するってことは即断即決できる聴牌ではないな(場状によっては一向聴を見破る)」みたいなのとか、天鳳ではタメが発生しないことを利用し役牌不所持を確認するとかセオリー)なんかの様々な技術を含みます。

 

ただ…そのうち7割くらいは「おしえて!科学する麻雀」およびよさげな書籍を何冊か適当に勉強する程度でも習熟できるんじゃないですか?

 

将棋なら必死こいてひーこら定跡書詰将棋を解いてやっと1級になる頃には、同じ時間ちゃちゃっと麻雀の勉強をした結果天鳳なら五段(特上卓)くらいにはいけそう……というか、いけます。「おしえて!科学する麻雀」以外まともに麻雀本を読んだことのない僕がとりあえず天鳳六段を目指します。みんな!見ていてくれ!

 

というわけでプロと一般人の差がつく、実質的な「技術」の差はつまり全体の1割、麻雀は実質運9技術1くらいだと思います。それでも技術の差はあって、そこにプロと一般人の違いがあることはたしかだが。

 

天鳳のデータで見て見ましょう。

 

参考

ランキングオンライン麻雀 天鳳

麻雀で大事なのは放銃率と1位率なのでこれらを見てみましょう。(利き手でない右手で僕はマウスを持つのですがその右手でドラッグしたので線がてきとうですみません)

 

初段と十段とでは放銃率が4分5厘だけ違います。1位率は3分ですね。 この3~4.5/100だけが「(狭義の)実力」の域でいいんじゃないですか。ようは実質的な実力は3~4.5%程度ということです。まあ高く見積もっても実質的な麻雀の実力の割合は1割程度だろうよ。

麻雀は統計ゲーなのか

 

非常残酷人間

「麻雀は統計通りに打ち続ける統計ゲー(「科学する麻雀」的スタンス)。

そう思っていた時期が僕にもありました。」

 

麻雀というのは統計(科学する麻雀)だけじゃないんですよ、僕も勘違いしていた。

統計は大事だがそれだけでは勝てない。

 

麻雀というのは皆が思っている以上に奥が深く、なんていうか、一言でいうなら、カオス(コントン)だ。全体的な総合力、一手一手変化する場状対応力が求められる。そしてそれは誰しもが身につけられるたやすいものではないのだ。麻雀をなめるなよ。

まあむろん前述した通り、統計だけでやっても細かくやっても大差ないのですが。

 

なんで麻雀の戦術本を多数書いてる、デジタル(正確に言えば統計)の申し子、福地誠さんが六段に落ちたかわかった気がする。それは麻雀が運ゲーというより、彼が統計で戦ってるからだろうよ。統計と確率だけが麻雀というゲームの本質ではない。それでは。運ゲーをプレイしているのと変わらない。

 

 

よく5chとかで言われているのは、

 

  • 麻雀初心者「麻雀は運ゲー」

 

  • 麻雀中級者「麻雀は実力ゲー」

 

  • 麻雀上級者「麻雀は運ゲー」

 

というのがある。しかし最近僕は気が付いてしまった。それだけじゃない。

 

  • 神「運の要素は強いけど、それだけじゃないよ」

ということですね。

 

僕はこのことに気がつけた時点で神の隣に座れているでしょうよ。

 

統計ゲーとデジタルは違うぞい。

うまく言えないが、細かいところに配慮しない(プロっぽくない)のが統計ゲーですぞ。

麻雀業界

この項は将棋界との比較がメインなのでここでは抹消しました。

mahjong shogi
【神ゲー】将棋の素晴らしさを、麻雀と将棋を比較しつつ論述する

識者の意見

麻雀は運ゲーなのか?識者の意見について。

 

プロゲーマー(ウメハラさん)「麻雀は運ゲー」「ガチャプレイの初心者が勝てる」

参考

ウメハラ氏、麻雀をとんでもない運(糞)ゲーだと断定くまニュース

(一次ソースがリンク切れを起こしていた。まとめブログで申し訳ない)

 

まあだいたい同意なんですが100半荘もやれば流石に差がつくかと思います。僕がプロと100半荘打った時の勝率は3〜4割くらい?

 

ただ、ここで大事なのは100半荘も打つのが現実的ではないということ。

AbemaのMリーグのようなプロリーグでさえ一人当たり100半荘も打たないのだ。

 

非現実的な時間をかけて、それでもプロが勝ち越す可能性がちょっと高いくらいの麻雀は相当な運ゲーであることは間違いないだろう。

 

非常残酷人間

オリンピック競技は無理でしょうよ(結論・その1)

というか、普及の面から言っても本家の中国式麻雀ならともかく、日本式のリーチ麻雀が敢えて選ばれるのは非常に厳しいと思う。

 

弁護士「麻雀が運ゲーなら将棋も運ゲーだ!」

参考

運ゲーだという主張への反論、代理人弁護士として賭博罪改正を願う弁護士津田岳宏のブログ

 

いや……流石にこれは意味がわからない。こういう、麻雀で将棋に挑みに行くのは明らかに無謀ですよ。彼は弁護士なので恐らく確信犯(俗用)的にこのトンデモロジックを使っているのだろうが。

あと主張もよくわからない。私は麻雀がスポーツを目指すのならはっきりと賭博色を消した方がいいと思うのだが、どうやら彼は逆らしい。でもなんでだろう。意味が。麻雀はちっぽけな賭博に頼らないとつまらない、そんなわけはないはず。

 

参考

【麻雀】麻雀は運ゲーか?福地誠・前天鳳名人位blog

この件、あの福地誠さんがこんな感想を持ったのが意外。この理屈は論外だろうよと思うのだが。

 

 

 

 

結論

非常残酷人間

「というわけで、将棋は頭脳スポーツ、麻雀は基本的にパーティゲームだろうよ、というのが僕の結論です。」

 

麻雀好きな人は馬鹿にされたようにかんじたらもうしわけありません。

 

これは麻雀をばかにしているわけではないぞ。僕は麻雀も大好きだ。麻雀もしょっちゅうやる。パーティゲームだから不味い、つまらないっていうのは全く別の問題で、運で勝てたり、頭を大して使わずプレイできるというのは大きなメリットだろうよ。麻雀は面白い。

 

かつて中国では面白すぎて亡国遊戯として禁止されたらしいし(ソース:「ひぐらしのなく頃に 雀」)

 

また、僕は観る将だけでなく最近はAbemaの観る麻でもあるんですが、じゃいさんがAbemaの麻雀番組でプロの一打を紹介してますよね。あれには毎回感服させられます。また鈴木たろうさんとかすごいプロは麻雀マンガばりのとんでもない一点読み、ビタどめをされます。いやあ本当にすごいなあと。

もう一度関連項目を貼ります。

mahjong
【麻雀警察】麻雀プロって何だよ。プロ雀士を目指そうと思って断念した話

 

麻雀プロには技術でたしかに僕が及ばない領域があるのは間違いない。そこは感じてます。僕が麻雀プロと100半荘打ったら負け越す確率の方が高いでしょう。それは当然だ。実力1割って、結構大きいですからね。1割も実力の介在する要素がある!!(これは後述します)

というか麻雀って実は水面下で相当脳使うからね。半荘5回もやったあとはがり勉した後のような脳の疲弊感がありますからね。麻雀をなめるなよ。ワイは常に音楽聞きながらやってるのでそれもあるかもしれないが。

おわりに

ここ最近の僕で、麻雀ほど「こんなに楽しい!」と思えるようなことはなかった。それが麻雀なので。麻雀は楽しいぞい。1年前に「いただきストリート」に瞬間的にやばいくらいはまって以来ですかね。そういえばあれも麻雀みたいな運ゲー的パーティーゲームでした。桃太郎電鉄も最近はまった。あれも麻雀に近い運9割実力1割って感じのパーティゲームだ。桃鉄はそこまで詳しくないので的外れなこと言ってたら申し訳ありません。

 

そう、僕は色々と麻雀への不満を連ねてきた。だが麻雀が嫌いなわけではない。むしろ大好きだ。これは麻雀への愛の裏返しだと思ってください。

美少女麻雀漫画「シノハユ」でも「麻雀ってクソゲーだな!!」というセリフが飛び出しますが、これ言った本人が実際に麻雀嫌いなわけではないですし。だから問題ない。

 

 

全然関係ないが閑無ちゃんは勉強・運動・ゲーム全てに自信ニキで自信にあふれている。とても小学生の精神に見えない

僕もそれらは全部人並み以上にはできるくんのつもりだったがどうしてあんな学生生活を送ったのか…

閑話休題。

 

結論その2(それが世界の選択か)

非常残酷人間

「麻雀についての認識のコペルニクス的転回をする必要が私たちには、ある。」

それは「ほぼ運ゲー」と考えるのではなく、「実力の介在する要素が僅かだが少しはある」と考えるべきでしょうよ。何度も紹介してきたが、それで、そこにはプロにしか打てない一打もある。

 

すまない。ここまで書いておいてなんだが

運の要素が強すぎてもそもそも論としてそれが何の問題なのか、という点に当たってしまった。

 

確かに冷静に考えると運の要素が強いからといって何の問題もない気がする。長い目で見たらちょっと差がつく。私はこれを「1000半荘くらい打たないと差が出ない、それもわずかな差。運ゲーすぎる」と思ってたけど、そういう競技ということでいいんじゃないか。F1だって99%はマシンで決まるのに1%のレーサーの腕に大金を払うって5chで見たし。麻雀もそれでいいんじゃないかな。 私だって、ラトビア製のそりを使えば下町ボブスレーを使ったプロに勝てるかもしれない。 トップレベルの美技に酔いしれよ。

 

 

結論

麻雀はスポーツ

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